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DON KIND

丼教典

丼の分類学

丼界は、肉丼界と魚丼界が冷戦構造を作り出している。二極世界(バイ・ポーラー・ワールド)と呼ぶアレだ。だが、近年は第三勢力として野菜丼界の台頭も無視できない。「健康」「低カロリー」という切り口は、「ワタクシ、ヘルシー志向なの」といった選丼意識をうまくくすぐっているのだ。つまり丼界は、この三つの勢力による勢力均衡(バランス・オブ・パワー)で成立していると言っても過言ではない。そこで、丼の分類を把握するために、各界の特徴とその主力を見てみよう。
 
 

丼界の覇権勢力と言いえる肉丼。中でも、最古の歴史を誇る牛丼こそ、肉丼界盟主と言いえるだろう。しかし、その内情はいささか複雑だ。牛丼は盟主ではあるが、裾野では庶民化が進み、デフレに苦しんでいる。一方では比較的デフレに耐えているカツ丼など、他の肉丼が高級路線を維持し、またバリエーションも豊富なため、牛丼の盟主の座が揺らぎつつある。丼界の中でも、肉丼界は最も過酷な競争社会だ。チキン系、豚系などさらにジャンルは詳細に分岐している点も、競争をより過酷なものにしている。

 

牛丼

肉丼界の不動の覇王。他の肉丼の追随はあるものの、圧倒的普及力を誇り、国民食と言いうる存在だ。文明開化の明治。「牛鍋」が日本人の間で流行すると、すぐさま米を愛する日本人は、牛鍋を飯に盛る「牛めし」を開発した。この牛めしを「牛丼」と名付けて丼に盛って普及させたのが、吉野家創業者松田栄吉とされている。

 

親子丼

親子丼は、明治に誕生した丼のひとつだ。鳥すきの〆に誕生したと言われている。鳥すきのたまごとじ(親子煮と言われていた)を味わった人々は口を揃えて「ご飯と食べたい!」と言ったのだ。この要望に応えるために、親子丼が生まれたとされている。まさに現場のニーズが生み出した、日本人必携の丼のひとつだ。牛丼に続いて国民食に数えられている伝統的定番だ。

 

カツ丼

「日本において最も一般的なカツ丼のスタイルは、
「豚カツを卵とじにしたもの」である」(wikiより)とされており、1920年頃に東京で誕生したようだ。しかし、一方で「ソースカツ丼」の方が古いという説もあり、カツ丼界においても覇権争いが絶えない。豚肉相食む状況ではあるが、肉丼界におけるヘヴィ級ファイターであることは間違いない。加えて今ではその語呂から受験などの前に食される、験を担ぐ勝負メシとしての需要も高い。

 

ステーキ丼

さらに日本では、食の洋風化が進むと同時に和食との融合が進んだ。その結果、洋風料理の代名詞「ステーキ」を丸ごと丼に乗せるに至る。その走りは、「赤坂 津つ井」のビフテキ丼というのが定説だ。まさに肉丼界の高級路線の王者というべき存在であろう。そのコストゆえに国民食とはいかないが、一撃必殺のパワーを持ち、米という日本の本質に洋風のパワーを融合させたステーキ丼は、まさに和魂洋才を体現している。





 

魚介丼は、丼の世界では肉丼や野菜丼より古い。そして現代型丼の原型となったかき揚げ丼に加え、寿司文化の融合から生まれた海鮮丼系など、バリエーションが豊かだ。魚を愛し、かつ生鮮技術が発達した日本らしい丼界といえるだろう。肉丼系の強大な戦力に拮抗しうる強力かつ伝統的勢力である。日本人ほど、豊かに魚介の魅力を引き出した民族はあるまい。

 

うな丼

現在とほぼ同じ形になったのは1840年代。常陸水戸藩の郷士・大久保今助が茶店で鰻の蒲焼で飯を食べようとしたところ、渡し舟が出そうになった。大久保は蒲焼を飯の上に乗せて皿でフタをして飛び乗った。舟を降りた頃、蒲焼は飯の蒸気と熱で風味が格段に増していたのだ。それを今度は、丼で再現し、蒲焼を載せた「鰻丼」として売り出した。大人気になったという。ちなみに割り箸は、うな丼を食べるために作られたのが最初だ。

 

天丼

ポルトガルより伝来した技法により産まれた天ぷら。一般的になったのは江戸前期と言われている。そんな天ぷらが、ついに丼で飯と融合したのは天保八年(天保二年説もある)と言われているが、いずれにしても両者は出会った。以来、魚介丼の主力として、天丼は君臨し続けている。もちろん天丼の発祥と普及を支えたのは、江戸前の仕事と江戸庶民の粋だ。天丼は粋が詰まって今に生きているのである。

 

かき揚げ丼

芝エビや小柱を中心に細かく刻んだものをサッと揚げる「かき揚げ」。このかき揚げを飯に載せてタレをかけて完成する。天丼と同系統でありつつ、より軽快な風を思わせるかき揚げ丼は、やはり江戸の粋が生んだ一品と言えるだろう。そして天丼が誕生したと思われる天保八年より歴史が古く、天保二年(1831年)に生まれた。いわば現代丼の雛形ともいえる存在なのだ。

 

づけ丼

「づけ」とは煮切り醤油に漬け込んで魚の保存性を高める江戸前寿司の技法のコト。江戸時代に生まれた職人の叡智が丼と融合し、づけ丼は産まれた。無論、づけ丼の味を左右するのは、づけ込みによって生まれる熟成だ。江戸前寿司の叡智としか言いようがない。日本の誇る叡智を存分に味わいたければ、もうこれしかない。

 

海鮮丼

魚介丼の近接決戦兵器。海のリーサル・ウェポン。そんな勇ましく、マリアナ海溝のように底が見えない奥深き丼。それが海鮮丼だ。その歴史は浅く、ちらし寿司から発生したと言われているのが通説のようだ。海の幸を丼にすべて詰め込みたいという人類の希望がそのまま形になった海鮮丼は、地方色を反映しつつ魚介系がふんだんに投入され、海産物ゆえにバリエーションが豊かだ。





 

肉丼と魚介丼は、丼界において伝統的な圧倒的勢力だった。しかし、近年の健康意識を反映し、より身体に良いものを食べたいという意識が強く表れてきた。その結果、野菜炒めを飯に盛る野菜炒め丼を始め、野菜丼という第三勢力が生まれた。野菜という無限のレパートリーを産む食材を用いる丼の誕生だ。さらに言えば、野菜は派手な主役にはなりにくい食材だが、肉や魚介とも相性がいい性質を利用し、ときには肉や魚介と同盟を結ぶ戦略を採った。肉丼界も魚介丼界も、今や野菜丼界といかに提携するかが新たな発展に不可欠と考えている。

 

野菜炒め丼

野菜丼界は歴史が新しく、「野菜丼の定番!」というものはまだ表れていない。そんな中で比較的定番に近いのが、この野菜炒め丼ではないだろうか。野菜を豊富に食べやすく、それでいてシンプルに旨い。そんな野菜炒めを載せるだけで完成する。野菜不足になりがちな青少年でも食べやすい丼だ。もちろん「野菜炒め」の味付けは千差万別、家庭の味がある。そんな馴染んだ味で丼が作りやすいのも魅力だ。





 

肉野菜炒め丼―同盟編

では、純粋に野菜のみを盛る野菜丼と比べて、肉と野菜が同盟を結んだときに生まれる丼とは何か。シンプルな、通称「肉野菜丼」をまず指摘できる。野菜炒め丼に豚ばら肉を投下すれば基本的にOKだが、さらにショウガ、ニンニク、その他のスパイスや味付けに焼肉のタレを混ぜるなどをすることで、より「ヘルシー系+スタミナ系」という非常にバランスの良いパワーを発揮する丼へと変化する。この変化の多様さこそ、野菜丼の真骨頂だ。

 

アボガド海鮮丼―同盟編

野菜丼界の同盟戦略は魚介丼界相手でも有効だ。たとえば、魚介丼界のメジャー・海鮮丼相手でも、堂々としている。海鮮丼に濃厚なバターのように熟したアボガドをスライスして投入すれば、ヘルシーさが売りとなるアボガド海鮮丼になる。健康意識の高い層が一気に顧客になるだろう。野菜丼界の柔軟な同盟戦略は、野菜丼界の歴史の浅さを補完する。気を抜けば、肉丼も魚介丼も主役の地位を食われかねない。食べるのはアナタだけどね。